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ニャンチママの子育て日記

発達障害だったかなと思う子どもたちの子育て回顧日記

ユッキー8:ママはウツになる

小学校就学までになんとかしなきゃという親の思いが強すぎて、かなりユッキーには無理をさせたのかもしれません。

特に文字に関しては、なかなか覚えようとしてくれなくて、焦りました。

仲のいい友達が、すらすら読めるようになっていて、自分がその子より読めないのがわかるユッキーは、余計読むことをしないようになっていました。

もちろん、手先が不器用なので、書くことだって論外。

 

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「どうして子育てうまくいかないんだろう。」

反抗する息子に、かなり親としての自信を失っていました。そこに、職場でのトラブルも重なり、私は眠れなくなり、食欲もなくなり、体重が1週間で7キロ落ちるほど痩せてしまいました。思考がまるでできなくなり、学級集金のお金も正確に数えられなくなって、「私どうしちゃったんだろう。」と思っているうちに、職場に行けなくなってしまいました。

 

横になっているとグワングワン耳鳴りがし、体が泥の中に潜り込んでいきそうな感覚でした。

『学校の子どもたちに申し訳ないことをしてしまった。教師失格。自分の子どもたちにとっては、私は悪なんじゃないだろうか。母親失格。こんな私は夫にとってもお荷物なんだ。妻としても失格。』

ずっとそんな思いと、訳のわからない感覚の中にいました。少しうとうしたときには、これは夢なんだ、きっと起きたら夢だったんだって安心するんだ、と思っていたのだけれど、目が覚めるとやっぱり現実たと気づき絶望的な気分になるのでした。

 

本当に私は危ないとこまでいったのですが、夫や義母や同僚やいろんな人たちに助けてもらって、何とか職場にも復帰できました。今、『うつぬけ』という言葉が流行っているけど、完全うつぬけには5年ぐらいかかっているように思います。ウツになってから1年くらいはちょっとのことですぐに不安の暗雲が心の中にたちこめて、薬の力を借りなければそこからぬけ出れなかったのでした。。

 

「うつぬけ」ついては、またいつか詳しく書いてみたいものだと思っています。

 

このときユッキーは年長さんで、大事な時期だったのだけど、私はこんな状態になり、しつけや感覚統合どころではなくなっていました。結構強気でバンバン鍛える親だったと思うけど、まったく強く言えなくなってしまったのです。

 

今思えば、そのことはかえってユッキーにとってはよかったのかもしれません。何もできないので待つしかない。できたらほめる(笑顔がなくなっていたので、気持ちこもってなかったと思うけど)。ゆっくりペースのユッキーにはちょうどよかったのかも。義母にはだいぶ負担をかけてしまったと思います…。夫にも…。家族の多大な協力もあり、小学校就学までには かつがつひらがなが読めて、形は不格好ですが名前と幾つかの文字は書けるようになっていました。

 

保育園の先生は「小学校は大丈夫。心配ありませんよ。」と言ってくださいましたが、小学校のことを、よく知っている私は、不安に思っていました。

 

そして、その不安は的中してしまったのでした…。