ニャンチママの子育て日記

発達障害だったかなと思う子どもたちの子育て回顧日記

それは合理的配慮なのか?

f:id:kuma5risuchny:20170721152844j:plain宮古島の海です。

日焼け止めのCMに出てくるような海だ〜と思いながら見ました。

本格的な夏ですね。

 

***********************************

仕事場で、ディスレクシアの子どものことを話しました。

 

その子は読み書きに困難さがあるので、親は教育センターの先生とも相談して、iPatを学校で使うようにして、板書のときとか黒板に書いてあることを写真にとり、ノートに書きやすいようにしてやってはどうか・・・・と考えているようでした。ところが校長にそういうのは前例がないからできないと言われたようで、ドクターに意見書を書いてほしいということでした。

でも、ドクターは、成績はそれなりに取れているのを知って、その必要はないだろうと言われました。

 

ドクターは日頃からYouTubeを見ることとかをすごくすすめる方なので、どうしてこの件は反対したのか尋ねてみました。

 

理由は3つ

①学校でiPatを使うには、支援できる先生が必要。校長からして理解がないのに無理やり導入しても活用できないだろう。学級の先生もこの子の困難さを理解できていないようだから、これを使うことによって周りの子たちからいじめられるかもしれない。

 

②本人は読み書きには困難さがあるが、それなりの成績が取れているということは、聞いて学習する力を自分なりに身につけてきていると思う。自分なりの学習スタイルがあるわけで、それを認めてやったほうがいい。だいたい板書はiPadを使ってしなければならないほど必要なことなんだろうか?板書を写真撮ったらもう書かなくてもいいでしょう。それが合理的配慮じゃない?聞いて記憶できてそれでいいでしょう。

 

iPadを使うなら家でしたほうがいい。今後社会に出た時には自分の困難さをうまく乗り切れるように。

 

そして、学校というところがあまりに同じやり方、同じ価値観をもとめていることに疑問を投げかけられました。

足し算でもやり方はいろいろあるけど、教科書通りにさせようとする。指使うのを先生は嫌がるけど、速く指使えるようにしたほうが本人的にはいいかもしれないのに・・・。

ということでした。

 

なるほど。

先生の言われることはよくわかります。

学校は同じやり方同じ価値観の共有を強く求めるところがあります。

私もユッキーのことでとても苦労しました。

 

でも、

もし本人に、みんなと同じように少しでも楽に板書したいという思いがあるのなら、iPadをつかってもいいのじゃないかな?

大事なのは周りの理解でしょうね。

私のいた学校は弱視の子どももいたから、数人使ってましたけどね。

だれかがどこからか穴を広げていかないと、支援の理解は広まっていかないとも思います。

 

 

ユッキー27:ぶきっちょさんの就職

f:id:kuma5risuchny:20170717214427j:plain

マンゴーの季節です。宮古島から送ってきました。今年は豊作だそうです。今まで食べたマンゴーの中で一番おいしかったなあ。

 

日本の果物は、りんごもなしもいちごもすいかもぶどうも、とっても甘くて美味しいですよ。

 

*****************************

ユッキーの大学生活は、遠い東京で何かいろいろあったと思うけど、親は離れていて知らぬが花・・・・的に終わりに近ずいておりました。

しかし、

ユッキーは就活で落ちまくり、ついには就活やり直すためにわざわざ単位を落として留年し、ようやく次の年に証券会社に就職しました。

 

そこは顧客と直接やりとりするような昔ながらの証券会社。

2ヶ月の研修では、お客様へ接する礼儀作法、お礼の手紙の書き方などなどもあったようです。

初めてのお給料をもらった時に親に感謝の手紙が自筆で届いた時には、感無量で涙が出ました。これも研修の一環だったようですが・・・・・・。ぶきっちょさんが、自筆で手紙を書いているだけで涙ですよ〜。

 

それから都内の支店に就いたのですが、当時のアパートからは1時間くらいかかるところ。朝のラッシュにあうと大変だし、新人は暗黙の了解でお掃除をするようになっていたようで、家を出るのは始発で行っていたらしい。

中学校のときにすごく遅刻していたこの人がですよ・・・・・。

 

この頃研修のために上京した母がユッキーの部屋に行ってみて、押入れを覗いてみたら、服がちゃんとハンガーにかかっていて、ネクタイがくるくると巻かれて100均カゴに収められていて、感激(涙)。

すべてビシッというわけではないけれど、小さい頃からのことを考えると夢のような姿でした。

 

会社に育てていただいたのですね。

ユッキーができなくても一応やり方は教えておいたので、頭の片隅にはあったのかなとは思います。

 

結局、この会社には1年2ヶ月しかいなかったのですが、最初に鍛えていただいてとてもよかったのではないかと思います。

「古いお店をやってるおばーちゃんに、あんたが言うならその債権買うよ・・・と言われて、もし、損をさせたらかわいそうと思うんだよ。」と言って、悩みながらその会社を辞めました。

 

人の気持ちをなかなか察せない人だと思っていたけど、そういう面でも成長したんだなと思いました。

 

それからカード会社にしばらく勤め、今は資格をとって、エンジニアをしています。

キャリアアップしています。

 

小さい頃は、不器用だし人付き合いも集団に合わせるのも苦手で、大変なことがたくさんあったけど、それなりに育っていくもんだと思います。

親としてどう育てたらいいのか悩みに悩みながらの子育てで、何が正解だったのか身内すぎて分析できないのだけど、

大事なのは、子どもをしっかり受け入れることかな。

ユッキーがいろいろ変なことしても、怒りながらも、心の中で面白いやつだ・・・と思う母がいつもおりました。

そういう気持ちをユッキーもちょっとは感じててくれたんじゃないかな。

 

そういうのって、たとえ言葉を話せない子どもでも、相手の気持ちが察せられてない子どもでも、結構伝わっているものだと思います。

 

 

 

ユッキー26:ブッキーさんの一人暮らし。彼女も・・・・?

f:id:kuma5risuchny:20170613174127j:plain

母の日に義母に贈った紫陽花たちが、今年も咲きだしました。

でも、この辺は、最近カラッと晴れて爽やかないい天気。

例年になく涼しいです。

おかげで屋根の上の太陽光パネルもよく働いてくれています。

 

❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

 

母を欺き、見事山手線内部の私立大学に合格したユッキー。

 

一人暮らしできるんだろうか???

 

お財布を持たず、いつもポケットにお金ジャラジャラ。

部屋の中はいつもぐちゃぐちゃ。何日も同じものを着ていたり、お風呂に入らなかったり。

洗濯できるの?ご飯作れるの?掃除できるの?

 

とりあえず、大学に入学するまでの1ヶ月間、家の食事を作らせることにしました。

 

そしたら、凝ること〜

カレーでも、数々の調味料を調合しようとする。

趣味じゃないんですから日々の暮らしは・・・。

簡単に毎日作れるレパートリーを身につけなければ。

 

母が何と言おうが、

「なんとかなるよ。コンビニもあるんだし。」と、例のごとくお気楽。

そりゃそうだけど、限られた予算の中でやっていかなければいけないということがわかってるかな?

 

アパート暮らしをすると言い張ったけれど、母は勇気がなく、とにかく監視の目がある下宿屋へ入れることにしました。

 

早稲田にある木造の下宿屋で、趣のある古〜い由緒のありそうなところでした。(ユッキーのいるときに、ドラマのロケも行われたとか)

ユッキーの部屋は四畳半。共同のトイレに共同の台所に共同のシャワー。お風呂は銭湯へ・・・・・というような一昔前の暮らしですが、ユッキーにはいい勉強になるんじゃないかと、決めました。

 

秋に儀母が部屋を見たいと言うもので、東京に連れて行ったときには、やはり・・・・・・

儀母と共に、山のような空きペットボトルとちり紙(その頃やたらと鼻水が出ていたらしい)とその他もろもろを片付けて帰りました。💧💦

想定内ではありますが、絶句!

 

本人は狭すぎて汚すぎてかたずける気にもならないと言い、2年目には大学のもっと近くに引っ越しました。母は恐ろしくて、このアパートにも1回しか行きませんでしたが、1度目の下宿より足の踏み場はあったかな?・・・。

 

大学ではロックバンドを始め、母の知らない間には金髪にもしていたらしいけど、サークル代表で学祭担当になり、大学3年のときには実行委員長にまでなったとか。東京の大学の学祭って一千万のくらいのお金が動くらしく、お金ジャラジャラのどんぶり勘定でマイペースで突っ走る人が大丈夫か?と思いましたが、一人が担当するわけではないので、みんながカバーしてくれると、当時の彼女が教えてくれました。

 

この彼女はとてもいい子で、しっかりした年上の彼女でしたが、ほどなく別れ、それからはずっと女っ気なし。ユッキーのユニークさ、マイペースさに付き合いきれる人はそういないかも・・・・・・。

 

さて、大学でも、図書館から本が返却されてない・・・とか、実家にまで電話がかかってくるような人でしたが、社会に出てからが問題。この人は社会で通用するんでしょうか?

 

 

ユッキー25:大学受験もハラハラ

f:id:kuma5risuchny:20170611154955j:plain

昨年の3月に退職祝いで頂いた胡蝶蘭が今年も細々咲きました。

ガーデニングは私の心の癒しです。子育てはなかなか思うようにはいかないけれど、お花は正直に咲いてくれます。

でも、過保護でも放ったらかしでもいけないのは、子育てと一緒か・・・

 

❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

 

「大学には行かない!牧場で働く!」と言い張っていたユッキーが、牧場3K体験をして軌道修正し、大学受験することになりました。

しかし、ここでもこだわりが・・・・・

 

「東京の山手線の中にある大学に行く。」と言い出したのです。東大は無理なんだから、私立大学!!!!?

 

成績から考えても無謀だし、下の子二人も年子でお金かかるし、親は地元の旧国立大学でいいじゃないと思っていたのに・・・・・

 

高2の面談で担任に相談したら、

「うちの高校の教育課程の内容では、東京の偏差値上位の私立は受けられないと思います。」と言われてしまった。田舎の学校ですから・・・・でも一応進学校でしょう?

いとも簡単にそう言われ、それって塾に行きなさいということよね・・・とちょっと呆れました。

 

ユッキーの竹馬の友のショウくんは、福井の高校に行っていて、塾に行かなくても学校内の補習体制がバッチリと母が言っていたのに、うちの県の高校の体制は・・・・・・まるっきり塾に頼りきっている・・・・・・・・・。

 

塾に行かせても箸にも棒にも引っかからないんじゃないかと思ったけど、一応行かせてみることにしました。

そしたら何と英語と国語と社会政経はグーンと伸びてきました。

記憶はいいんですよね。でも、数学はさっぱり。

地元の大学の経済学部だったらA判定。でも東京の私立はD.E判定。やっぱりそこは無理そうです。

 

受験勉強始めたの高校2年の夏から。しかも文化祭委員長なんてのもやっていて(乗せられた?)、11月まではろくに勉強もせず、3年の夏の判定でこうでは難しいでしょう。自分の入れそうなところに無理せず受ければいいのに、本人は、

「大丈夫、大丈夫。現役は最後に伸びるから。」とお気楽。

 

最後までC・D判定しかないままにセンター入試に突入。

雪の降る寒い日でした。

 

帰って来るなり、

「数学捨てたから。」

「は~ い?どういうこと?」

「受けないで、その時間、次の政経の勉強したから。」

「それって、結局(旧)国立捨てて、数学のない私立の△大学だけにしたということ?」

「そうそう。」

 

なんてやつだ。勝手に!受けてみるだけでもよかったのに!

 

いつもいつもユッキーのマイペースに翻弄される母です。

 

結局、ユッキーが合格したのはセンター入試で合格したこの大学だけ。

本人の願い通り、山手線の中の私立大学に行くことになりました。

 

考えてみれば、小学校1年生のときの、あのとんでもなかったユッキーがここまで成長して大学行こうっていうんだから、神様に感謝しなきゃです。

お金かかっても行かせてあげましょう。・・・・・と思い直した母でした。

 

ところで、一人暮らしできるんでしょうか?

 

 

 

 

ユッキー24:行ってみたら?牧場へ

ユッキーが体育で「1」をとったという話がありましたが、

先日OTさんと話していたら、中学時代にやはり「1」を英語でとったことがあるという話が出てビックリ。

発表点というのがあって、彼女は発表が嫌いな子で、テストの成績はいいけど、発表するように強要され、それでもしなかったので「1」の評価をつけられたそうです。

まったく!中学の先生は!・・・・・・と話が盛り上がってしまいました。

マイルールを押し付ける先生が多すぎ。そして成績を切り札にする。

 

今、そんな先生はとても苦労する時代になったと思う。

 

 

❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

 

ユッキーは高校生になっても、「将来は牧場で働く。」と言い張っていました。

一度言い出したら、他人が何と言おうがダメなので、私はこう言いました。

 

「いいんじゃない。だったら、牧場でアルバイトしておいでよ。」

 

彼が中3の時に、家族でオーストラリアにファームステイしていました。

そこに連絡をして相談しました。

 

『食費だけ出してもらって、見習いをしてもらいましょう。アルバイト料は出せないけど、その代わりフォースライディングはコーチしてあげよう。』

 

という条件で、高校1年生の夏休み2週間、オーストラリアの牧場に放り込んじゃいました。

外国なら逃げ出せない。やってもらいましょう。

 

不器用なユッキーにこういう仕事が向いているとは思えませんが、本人がそれでもやりたいというのであれば、それはそれでいいと思っていました。

 

意気揚々とユッキーは出かけていきました。

 

パースの空港で、なかなか迎えに来てもらえず、心細い思いをしたようですが、何とか牧場にたどりついたそうです。

2週間それなりに仕事をし、フォースライディングもそこそこできるようになって、日本人の観光客を馬に乗って案内とかもしていたようです。

 

思っていたよりやるじゃない!

f:id:kuma5risuchny:20170609180641j:plain

しかし、彼はこう言いました。

「お母さん。牧場は3K(キツイ、汚い、臭い)の仕事で大変なんだよ。つなぎの服で仕事するんだけど、馬の糞がついていても、次の日もその服を着て仕事をするんだよ。」

「そうなんだ、大変だったね。それでもこの仕事するんでしょ?」

「ちょっと向いてないかも。やっぱり大学行こうかな。」

 

自分で進路変更しました。

 

うちDr.がよく言ってます。

「自閉の子は体験から学んでいく。だからいろいろ体験したり、YouTubeとかで疑似体験させて学ばせるといいよ。」と。

その頃は、Dr.とはまだ出会っていなかったのですが、体験で学ばせる事ができました。

 

 

ユッキー23:ハラハラ高校受験

f:id:kuma5risuchny:20170606225706j:plain

私が作った多肉植物の新作です。

就労支援B型の事業所で利用者さんがお世話しながら販売しています。

 

❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

 

ユッキーは中3になり、いよいよ高校受験。

そんな時、「高校には行かないよ。」と言い出しました。

「高校に行かなくて何するの?」

「何したって生きれるさ。牧場で働くのもいいかも。」

などと言う。(夏にオーストラリアでファームステイをしていたのでそう思ったらしい)

先の見通しが持てないユッキー。何でも大丈夫と言うけど、世間はそんな甘くないよ。

そう思いながらも母はこう言いました。

「いいんじゃない。でも牧場で働くとか経営するとか考えたら、やっぱり高校は出てた方がいいと思うよ。」

 

かくして、母に丸め込まれ、高校受験はすることになりました。

 

しかし、問題は内申書。

ノート点は悪いし(だから成績は良くない 周りが良すぎるし)、遅刻も多すぎ。(ここはアジアでも治安がいいもので スクールバスを降りて自分で路線バスで通っていた。)

地元の公立高校は小さな市なので、試験の点数はクリアできても、内申書が・・・・。

その辺、母はとても心配していたのだけど、本人は例のごとく「大丈夫だよ。」を繰り返し、また遅刻。

 

母ばかりハラハラしながら日本へ送り出しました。空港へ見送りに行った帰り道、母はウトウトしてしまい、降りる電車の駅を間違えるほど疲れ果てていました。トホホ・・・・

 

結果、高校は何とか合格。

 

中学の先生は内申書が悪いと高校には合格しないと脅していましたが、高校の先生している友達に内緒で聞いてみたら、試験の点数の高い順から取り(一応進学校なので)、ギリギリの子しか内申書はみないということで、セーフだったのかなと思いました。

 

お先にユッキーは帰国。無事高校生になりました。

 

「何か日本の高校はつまんない。インター(ナショナルスクール)に行った方がよかったかな。」

しばらくして、こんなことを言っていました。

インターに行ったら?・・・・と話をしたこともあったのです。こんなハチャメチャな人は日本は合わないのかも・・・とも思っていたので。

 

もし、インターに行ってたら、今頃、どこで何してたかね〜

 

この後、また、ユッキーは牧場で働くと言いだしたのです。

 

 

 

ユッキー22:闇のホームページ事件

f:id:kuma5risuchny:20170602192720j:plain

お庭はもう夏の花が咲き誇っています。

でも、来週あたりは梅雨入りでしょうか。

 

❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️❤️

 

ユッキーが中学2年生になった時に、我が家は夫の日本人小学校赴任でアジアのとある国に転居しました。

日本人学校は海外赴任する家庭の子どもたちが通うだけに、都会的な賢い子が多く、ユッキーの小難しい話にも合う人たちがいました。

 

楽しそうに中学校(その国は中学校は別にある)に通うユッキーでしたが、一週間も経たないうちに担任の先生から電話がかかってきました。また何かやったか〜??と思ったら、友達に殴られたとか。

友達同士でクイズ大会をやっていたようで、最後に残ったのがユッキーとM君。優勝決定戦でユッキーが解答し、ちょっと喜びすぎたようで、相手がムカつき殴ってきたようでした。

たまたま同じマンションに住んでいて、お母さんがすぐに電話で謝られてきたたのですが、M君は一人っ子で、いつも自分が一番・・・・という気持ちが強い子だとか。今までクイズ大会ではいつも優勝していたらしいので、悔しかったんでしょうと言われていました。話を聞くと、小さい頃から友達とのトラブルがいろいろあるらしく、お母さんが悩まれながら育ててきたとか。

ユッキーと同じ匂いがするなあと思いました。

 

ほどなく、二人は仲良くなり、一緒に学校に行ったり、つるんでよく遊んだりするようになりました。

 

中2の終わり頃、その事件は発覚しました。

 

「お子さんがホームページを作られているのを知っていますか?」と中学校の先生からの電話でした。

そのホームページは、中学校のホームページに見えないバナーが貼り付けられていて、そこから入るように作られていました。

ユッキーとM君が作ったもので、首謀者はユッキーのようでした。

 

内容は、先生の批判。文科省の批判。(読者も中学生に多くいたようです。中には外の人が気付いて、「おもしろい!」「がんばれ」なんてメールをくれていたりしてました。)

 

母への反抗は治まってきていたのですが、こんな方向に進むとは・・・・。

 

うちの夫婦とM君の夫婦と学校に呼び出され、こんこんと先生方に説教されました。

「家でパソコンに打ち込んでいるのに気づかなかったんですか?」

と母も責められました。

パソコンはリビングに1台あるだけで、何やら検索してネットを見ているなあとは思っていましたが、きっと私が寝てしまってからとか打ち込んでいたのだと思います。

 

ネットのマナーとかはきちんと教えないといけないと親として反省しましたが、子どもたちが書いていることにも一理あると私は思いました。

中学の先生たちは、ルールを勝手に振りかざし、子どもの意見をきちんと聞いてあげない人が多すぎる。(ちゃんと聞いてくださる人もいますが、割合的に少ない。)

平謝りしながらも、そこは主張して帰ってきました。

 

それから、中学校側も子どもたちと話し合いの時間をとってくれました。分かりあえたとは思えませんが・・・・・。

 

しかし、文科省に雇われている親の立場は全然考えられないんですから・・・・・。

相変わらず親の肝を冷やさすユッキーでした。